日向大神宮

ご祭神

  • 天照大御神(内宮)
  • 多紀理比賣命(内宮)
  • 市寸島比賣命(内宮)
  • 天津彦火瓊瓊杵尊(外宮)
  • 天之御中主神(外宮)

日向大神宮の基本情報

住所
京都府京都市山科区日ノ岡一切経谷町29
アクセス
京都市営地下鉄東西線 蹴上駅徒歩10分
駐車場
あり
詰め所
有人
公式サイト
あり

日向大神宮ご由来

日向大神宮は、第23代顕宗天皇の時代に筑紫日向の高千穂峰の神蹟を移して創建されたと伝えられています。

天智天皇の時代には天皇直々に圭田をご寄進され、鎮座されている山を日御山と名付けました。
清和天皇は刺願によって天照大御神を栗田山に勧請されまれています。後醍醐天皇は延喜の制で宮弊社に列し給いました。

建武の新政の戦乱中に新田義貞公が戦勝を祈願され良馬と太刀一振りを奉納されたと記録に残っております。

応仁の乱で社殿並びに古記録を焼失し、祭祀が一旦途絶えてしまいます。
しかし、松坂村の農、松井藤左衛門によって仮宮が造営されて禁中より修理料を賜わり社殿の再興が行われました。

慶長年間(1596年~1615年)には徳川家康より神域の加増され社殿の改造が行われました。

天岩戸

天岩戸
天岩戸を通り抜けると厄払いや開運のご利益が授かると言われています。
天岩戸内は途中で直角に曲がり、その曲がるポイントには天手力男を祀る戸隠神社があります。

天岩戸は、日本神話にて弟の建速須佐之男命の狼藉に困り果てた天照大御神が籠もったとされています。

天照大御神が天岩戸に籠もると世界は暗黒に包まれてしまいます。
困った神々は知恵を絞られて天照大御神を天岩戸から引き出されて天岩戸の蓋を天手力男が放り投げられたとされています。

若水祭

1月1日に執り行われる若水祭。

貞観年間(859年~877年)に疫病が流行し、日向大神宮に刺願が行われました。
「この宮地に湧きいづる清泉の水を汲んで万民に与えよ」との神のお告げがあり、その通りにした所、たちまち疫病がおさまり、この泉を朝日泉と名付けたと伝わっています。

この霊泉は、京の名水の1つで、毎年元旦に若水を汲み御神饌を調理して内宮と外宮に献供し、世界平和・国家安泰・家運繁栄・無病息災の祈願が行われます。

三が日には、若水を一般参拝者に授与されています。

その他の祭儀

02月03日・・・節分祭
10月16日・・・外宮大祭
10月17日・・・内宮大祭

清水 宏積

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